HMVのアカウントを見ると、現時点で「商品入荷済み」の新譜が8枚あるのだが、抱き合わせ品の関係で入荷がいつになるのか皆目見当がつかない状態なので、その間を利用して久しぶりに「Drummer」頁を更新してみようと思う。といっても現在活躍中の好きなドラマーはほとんどアップ済みなので、ここは一つ発想を転換して、すでに亡くなってしまった偉大なドラマーを中心に何人か取り上げてみよう。まずは私がジャズ・ドラミングに入り込むきっかけを作ってくれたバディ・リッチから。
バディ・リッチ(1917年生まれ~1987年没)という名前を知ったのは、中学・高校時代(1970年代の前半)に大好きだったブラスロック・グループ「シカゴ」のドラマーであるダニエル・セラフィンが彼を尊敬しているとライナーに書かれてあったからなんだけど、興味本位でたまたまレコード店に置いあったバディ・リッチ楽団の「Buddy Rich In London(71年)」を買ってみたところ、あまりの手の速さに度肝を抜かれた。しかもA面1曲目の「ダンシング・メン」が滅茶苦茶カッコよかったし、映画音楽の「ある愛の詩のテーマ」をいち早くジャズ・アレンジでやっていたりして、楽曲的なセンスも抜群だったね。別の演奏も聴いてみたくて「Swingin'New Big Band(66年録音)」も買ってみたけど、これに収録されている「ウエスト・サイド・ストーリー・メドレー」なんかも最高にカッコよかったなぁ。
とリッチ楽団の素晴らしさはさておいてバディ・リッチ自体に話を戻すけど、やはり彼の場合はなんといっても手の速さが特徴でしょうな。あまりにも速すぎて、「スティックの残像が扇状になって見える」とか、それを通り越して「手首から先が全く見えない」とかと言われていたけれど、レコードを聴く限りにおいても確かに異常なまでの速さだったね。それに触発されて、当時ブラバンに所属してパーカッションを担当していた私は、毎日の朝練習でテーブルの上にタオルを敷いて、練習用の図太いスティックで、シングルストロークをどれだけ速くできるかとメトロノームに合わせて16分音符でタカタカやっていたのだが、いくら速くてもメトロノームの錘を取っ払った状態(テンポ210~220位かな?)で一分間やるのが精いっぱいだったね。でもその時に猛特訓したおかげで、あれから30年以上経った現在でも大概の若いアマチュア・ドラマーには手の速さだけは負けていない。ただし「ドラムが上手い=手が速い」という図式が抜けきれなくなってしまったのは大きな欠点だけどね(苦笑)。これはある意味バディ・リッチのせいだといってもいいだろう。
またリッチの凄いのはいかにもショーマンらしく、サーカス的な難易度の高いアクロバティックな技もできること。これはビデオが発達してからようやく目にすることができた芸当なのだが、後日登場させる予定のカウント・ベイシー楽団のソニー・ペインなんかもそうだけど、昔のドラマーというのはただ上手いだけではなくて、お客さんを目で見て楽しませるという術を知っているんだよね。こういう芸当は真似するといってもそうそう簡単にはできるものではない。私なんかは一生できないっすよ。
あとリッチといえば、ドラムソロ時のスネアロール・ソロ(クローズド・ロール)も大きな特徴。スネアのロールだけで聴衆のハートをガッチリと掴んでしまうなんて、それだけでも凄いことだというのに、ロールの後には例によって異常なまでの手の速さによるタム間の瞬間移動等を平然とやってしまうのだから、おそらくリッチのドラミングを聴いて(観て)凄いドラマーだと思わない人はこの世にはいないんじゃないかな。もしいるとすれば、その人はよっぽどのドラム嫌いか、あるいはドラムには全く興味を持っていない人のどちらかなのだろう。
リッチの欠点を挙げるとすれば、弩派手なドラムソロとは裏腹に、4ビートのバッキングが意外と淡白に聴こえること。といってもスピード感やビッグバンドには欠かせないダイナミックさ等は当然の如く兼ね備えているけどね。まあこの辺はスイング・ジャズの時代から生き抜いてきた人なので、もしかするとバッキングに対する考え方がいわゆるモダン・ジャズ・ドラマーとは違うのかもしれない。それでいながら8ビートはより細分化していたりして、いったいドラミングが古いのか新しいのかよく分からないことがあったりするね。
ちなみに私は高校時代にあまりにもリッチに憧れすぎて、「Buddy Rich In London」のジャケットを毎日のように眺めていた結果、彼の見た目の特徴であるドラムを叩くときに猫背になってしまう癖がいまだに抜けなくて困っている(苦笑)。